カテゴリ:未分類( 27 )

ご来訪ありがとうございます。
都合により以下のところに引っ越しました。
引き続きご愛顧お願い申し上げます。

http://coolkai.blog129.fc2.com/
[PR]
by coolkai | 2011-10-10 11:29
 管理人がお馬鹿だから考えても限界がありますよ,という訳ではない(と思いたいのだが).

 人間の論理には,論理自身が持っている限界がある事を証明されているというのである.もちろん,問題が解決しないのは考えが足りないとか,凡人が考えているからである場合がほとんどであろう.しかし,それとは関係なく真であるにも関わらず証明できない命題があることが証明されてしまった.これは,ある意味で「神の非存在」の証明になってしまうかもしれない重大な出来事である.

 その他,目から鱗の話が満載である.

理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性 (講談社現代新書) [新書]
高橋 昌一郎 (著)
価格:¥ 777
[PR]
by coolkai | 2011-08-12 21:37
再開
[PR]
by coolkai | 2011-07-29 07:25
再開に向けてテストです
[PR]
by coolkai | 2011-07-28 22:20
近日中に移転いたします。
下記の「YSTM'S WORLD」の中の独り言(管理人日記)で細々と続けたいと思います。
よろしければ、ご笑覧ください。

YSTM'S WORLD
[PR]
by coolkai | 2010-03-14 16:53
脳の研究は進んでいる。そう思わされた本である。

「手が動いてから、動かそうと思う」、「目の進化は失敗作」などを始め刺激的な内容がちりばめられている。また、古い機能の使い回しで進化していく、なんてのも面白かった。

この本で一番いいたいことは書名になっているように、脳の複雑な活動(意識でさえ)単純な活動の積み重ねである、につきるだろう。

出版社:朝日出版社
著者:池谷裕二
価格:1700円
[PR]
by coolkai | 2009-11-08 19:57
wikipediaによると「若水」についてつぎのように書いてあった。

元日の朝早く、まだ人に会わないうちに汲みに行き、もし人に会っても口をきかない仕来たりであった。若水を汲むのは年男の役目とされたり、その家の女性が汲んだりした。若水を汲む時には「黄金の水を汲みます」など縁起の良い言葉を唱えた。


e0020386_12151898.jpg

フムフム、なるほど、偶然ではあるがまさに私は年男である。早速この水で美味しい初コーヒーを飲みたい。
e0020386_12153437.jpg

天気も良く風は少し冷たかったが穏やかな日和であった。ここの「延命水 行者の泉」は私の中では名水NO1である。とにかくスッキリした後味で円やか。
今年は積雪も無く汲みに行くことができてラッキーである。

帰りに伊那市の荒井神社に寄って数人の初詣の人たちと一緒にお参りをする。冷たい空気に自然と身が引き締まり、厳かな気持ちでお願いをしてきた。

あまり沢山お願いしたので神様も「ええかげんにせ〜!」と呆れているかもしれない。
e0020386_12154688.jpg

[PR]
by coolkai | 2009-01-01 12:18
 伊那市から高遠町、長谷村を通り分杭峠を越えて、まだその先に大鹿村が現れる。

 数軒ある温泉宿の中で一番奥まった「鹿塩荘」で入湯を頼んでみる。その前に二軒の旅館に断られていたので藁にもすがる思いであったが、幸い日帰り温泉もOKということで早速お風呂に飛び込む。
e0020386_221034100.jpg

 「鹿塩」と言うだけあって舐めるとショッパイ。海水の塩分濃度とほぼ同じらしい。
原因はよく分からないようであるが、素人考えでは標高750mの山の中とはいっても、昔は海の底であったのかもしれない。
e0020386_22105393.jpg

 大鹿村には古道「秋葉街道」があり、長野県の南部(南信)と静岡県の北部(北遠)、愛知県の東部(奥三河)を結んでいる。

 武田信玄が東海地方へ侵攻した軍用道路として使われたり、また東海地方からの特産物が運ばれた。当然人間の往来があり、文化の往来があったであろう。有名な大鹿歌舞伎の存在も頷ける。秋の公演は10月の第三日曜日で、あいにくその日は先約がある。来春5月の公演を是非見たいものである。
[PR]
by coolkai | 2007-10-16 21:07
 メメント・モリ(Memento mori)は、ラテン語で「自分が(いつか)必ず死ぬことを忘れるな」という意味で使われる。

 昨日はお葬式があった。小さいときからお世話になっていた伯父さんとお別れの日であった。伯父のことを話していくと際限がないが、繊細で優しい人であった。
e0020386_7283726.jpg
 参列させていただいて色々考えさせられた。死ぬこと自体は悪いことではない。人は皆死ぬ。生まれたときからまっしぐらに死に向かう。しかし愛する人を失うことは悲しく、その喪失感には耐えられないものがある。また、翻って自分の死を思うとき、恐ろしく暗い闇の深淵に怯える。
 「死」は、我々に何を教えてくれるのだろうか?

 死を身近に感じる時、死は裏返しとしての生をよりいっそう輝かせてくれるような気がする。漆黒の闇があるから光が輝く。自我の崩壊を防ぐために発明された「時間」というバーチャルリアリティーに騙されること無く、唯一確かな「現在(いま)」を充実させたいと思うのです。

 そう思うと、何気ない一日も奇跡の連続に変わっていき、愛おしく大切な時間になる…、と今は思うのだが、いつものように忙しい日常にかき消されていくのかもしれない。

 そっと、自分に言い聞かせてみる。メメント・モリ…。
[PR]
by coolkai | 2007-09-02 20:37
 伊那市高遠町の長藤という所に古本屋が出来た。都会から遠く離れた所に突如現れたので、ご近所の人たちはきっとビックリしたに違いない。なにしろ昨年初めてコンビニができた山の中である。目立ちます。

 店主の大塚さんは知り合いのまた知り合いという感じなので、ご挨拶も兼ねて古本屋に向かう。もともと高遠町は歴史の香りのする文化の街である。その中で高遠町長藤は杖つき峠という長い峠の麓にあり江戸時代の古い旅籠も残っている。その味わいを大切に改修して古本屋は店を開いていた。

 本の品揃えが少し我が家と傾向が似ていてオヤッと思う。探している雑誌の話などで盛り上がったあと、暫時立ち読みである。店主の大塚さんはスッキリした品の良い人であった。細身のインテリという感じのお洒落な小父さんである。
 店を入って左は畳敷きの喫茶室であり、コーヒーを飲みながら本を読んだら落ち着くだろうなと思わせる空間であった。気取った店ではなく、ゴロンと寝て読める喫茶店を目指していますと大塚さんはおっしゃっていて、そのときは気づかなかったが写真を見ると小さな枕らしきものが写っている。これは枕なのか?その謎を解くためにももう一度訪問せねばなるまい。

 

 
e0020386_21375985.jpg
e0020386_21501286.jpg
e0020386_21503049.jpg
e0020386_21504765.jpg

[PR]
by coolkai | 2007-07-22 21:49