カテゴリ:文学する( 2 )

 
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3月号の「ダヴィンチ」に特集がされている。

 若い人にはもちろん、本屋の店員さんにも人気があるようである。作品は一応全部読んでいるつもりであるが雑誌を読んで初めて知ったこともある。

 登場人物がいろんな作品でリンクしているという楽しみも再確認できた。
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 「アヒルと鴨のコインロッカー」も映画化され、長編書き下ろしの「ゴールデンスランバー」も出版予定で、週刊漫画の「モーニング」での連載も始まる。まさに今が旬の作家なのだと思う。

 願わくばこれからも成長し続けて私たちに素敵な世界を提供して欲しい。
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小説とは何だろうか?以前のブログでも疑問形のまま終わっていたような気がする。

 ある集まりで、知人が信濃毎日新聞を持って来て伊坂氏が載っているという。その中に小説が何物なのか一つのヒントが書かれていた。

6/1(木)信濃毎日新聞「創作の流儀」より、伊坂氏の言われたことを抜粋させていただく。

物語を積み重ねて、ある種くだらない理屈を言うのがフィクションの特権のような気がするんですよ。論理的でも科学的でもないけれど、人に何かを伝えたい。正しいかどうかではなくて、いろいろな人物がいろんな反応をすることに意味がある。それは小説ならではだと思います。

 そう、正しい事にさほどの意味は無い。人間のいろんな反応は「自然」の範疇である。それは脳化された人間の判断を超えている。人間が論理を用いて追求して来た科学も、それはそれでもちろん難しいことに変わりはない。しかし「自然」はそれを原理的に超えている。脳化された人間には分からない「自然」としての人間を描く事が小説の本質になるのかもしれない。

 さらに、フィクションを作る時には、死が通奏低音になっているという。

 新聞を読んでいて「それって、強引にまとめてしまうと宗教のことだよね!」と思わず頭の中で叫んでしまった。

 伊坂氏の本に癒される秘密の一端を知った思いがする。
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