カテゴリ:民俗学する( 24 )

弥生3月である。
Wikipediaによると、弥生の由来は、草木がいよいよ生い茂る月「木草弥や生ひ月(きくさ いや おひづき)」が詰まって「やよひ」となったという説が有力で、これに対する異論は特にない。

 英語のMarchの方はローマ神話にでてくる戦いと農耕の神マルス(Mars)から取られている。

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 三月の花札のデザインは『桜と幕』、古くさいデザインではなく華やかなモダンな色使いが気持ちをパッと明るくしてくれる。幕があるところを見ると、昔から桜の花見の場所取りには苦労したのかもしれない。

 年度末は別れの季節でもある。ご多分にもれず私の職場でも転勤される方がいて、四方山話をしていると「今年の春は桜が観れないと思うと淋しい、今までは通勤の行き帰りに咲き始めから散るのまで楽しめた」と仰る。

 高遠城趾の街は自然豊かなところである。私もこの自然に何度も癒されている。開花が例年より早く予想されている今年、転勤しても是非お花見に訪れて欲しい。
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 1992年の今日、東京−新大阪間 2時間30分で結ぶ「のぞみ」が登場した。

 「のぞみ」で思い出したことがある。

 先日忙しい勤務の合間をぬって、午後年休をもらった。忙しくて中々出来なかったことをする。好みのコーヒーを買い、散髪をし、最後に歯医者に行った。

 待合室でだいぶ待たされる。そこには「週刊文春」、「AERA」などが常備されている。
そこで、「のぞみ」に関する意外な真実(大げさ!)を発見。

以下「週刊文春」07年3月15日号、葛西敬之氏(JR東海会長)と阿川佐和子さん(エッセイスト)の対談(阿川佐和子のこの人に会いたい)の冒頭部分から引用。

葛西:新幹線の「のぞみ」は阿川さんが命名されたんですよね。ご記憶ありますか?
阿川:深くありますっ!名前を決める委員に選ばれて伺ったら、すでに「希望」「きらら」「つばめ」「エース」などの候補が幾つかあって……。
葛西:二十ぐらいあったんですね。
阿川:私はノーアイディアだったから列車好きの父に相談したところ、「一つだけ言っておく。日本国鉄の列車の名前は歴代すべて大和言葉でつけられてきた。候補の中では『つばめ』しかないなあ」と。でも「ひかり」より速い新幹線が「つばめ」ってわけにもいかないって話になり……。
葛西:僕もそう思いました(笑)。ただ漢語も英語もカタカナもよくなくて、伝統を守ったほうがいいという阿川さんのお父さまのご意見はその通りだとも思っていました。
阿川:委員会では「希望」と「太陽」が有力候補になっていたんですが、私が最後に「一応父からの伝言なんですけど、日本の列車の名前は大和言葉で付けられてきたそうです。『希望』を大和言葉にすると『のぞみ』ですね」とだけ申し上げたんですよ。そうしたら「あ、そうですね。考慮に入れておきましょう」と。まさかそれが受け入れられるとは思ってなかったから、決まったときは「ウソッ、どうしよう!?」って慌てました(笑)。
葛西:僕は「のぞみ」は速度に関係ないコンセプトなのが、非常にいいと思いました。
阿川:今だから言えるようになったけど、最初の頃は友達が「今度の新幹線『のぞみ』だってさ。ダサ~い!」とかバカにしてたから、私がつけましたっていえなかった(笑)。
葛西:お陰さまで「のぞみ」がすっかり定着してよかったです。
阿川:名前って定着するもんですねえ。(後略)

そうか、「のぞみ」は大和言葉なんだ。大和言葉って、中国やアメリカなどから入ってきた外来語ではない日本独自の言葉のことですよね。

wikipediaによると次の例が載っていた。
「飢饉は世界的な問題である。」を大和言葉に翻訳すると、「多くの国で、食べ物が足りないことが悩みである。」になる。

 分かりやすい文章のヒントをいただいた気がした。
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 晴天に恵まれ、今年も鉾持神社のだるま祭りが行われた。

 神社への道のあちこちに露店がでている。定番の綿アメや本命のダルマも当然あったが、最近は朱いだるまさんばかりでなく黄色いのもある。

 前回の体験があるので少々覚悟して本殿まで階段を上がる。数えたら294段あった。

 縁日というと露天商のことと勘違いしそうだけれど、よく考えてみると縁日には露店が開かれることが多いというだけであろう。

 元々は神仏との有縁の日のことで、神仏と縁(ゆかり)のある日を選んで、祭祀や供養が行われる日である。 だるま祭りはいつから始まったのであろうか?選挙のときのだるまや商売繁盛でだるまは縁起がいいようであるが、中国から盲目になってまで布教に渡ってきた達磨大師もあの世でビックリしているかもしれない。

 
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 12月の花札の図柄も独特である。子供の頃から、図柄の意味がよく分からないでいた。
 態度のでかい人相の悪い鶏の親分がマントを着て座っているのかと思っていたのだが、もちろんそうではない。
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 中国から伝来した想像上の瑞鳥である鳳凰と中国大陸から持ち込まれた桐が組み合わされてこのユニークなデザインになっている。

 このおめでたい想像の瑞鳥の鳳凰は桐の葉に降りるという言い伝えが有り、とにかくおめでたい話のようである。

 よく「ピンからキリ」という言い方をする。
色々な説があるようだが、ある説明にによると12月には桐の花が使われていたので最初から最後までという意味でキリが使われたようである。
 ピンの方はポルトガル語のピンタ=point(点)からきているらしい。

 真相は薮の中だが、カルタ=card や花札が関係してるようである。
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 早いものでもう11月である。つい最近年賀状を書いたと思ったら、来年の年賀状の注文の時期になった。

 さすがに日の暮れるのも早くなり、昼間は暑いくらいであるが夜は寒い。今年は暖冬だという気象庁の長期予想もあるが、昨年も同じようなことを言っていたのに随分と寒い冬だったので、今年は騙されまいと少し用心している。

 冬に向かうこの頃は物寂しい。最近少し考えることがあって、夕暮れから夜にかけて物思いに耽ることもある。どちらかというと、人の話を聞くことが多い私だが、たまには黙って話を聞いてくれる人と美味しい酒を飲んでみたいと思うのは贅沢であろうか?

 世界史履修問題で世間は喧しいが、幸いなことに古文をやっていない高校は聞いていない。霜月で高校生は分かってくれるだろうか?

霜月とは文字通り霜の降りる月の意味であるが、信州でもまだ霜は降りない。

 英語はNovember。9番目の月の意味でローマ暦が3月起算だったので、例のごとく2ヶ月ずれている。
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 花札は、柳にカエルである。傘をさしている男性は小野道風。柳に蛙が何度も飛びつくのを見て、最後まで頑張ることを学び書の上手になったという故事に基づいている。

 最近は頑張るという若者が少ない。たまに出会うと凄く応援したくなる。どうも自分の力の範囲で何が出来るかという発想になってしまうようである。
 
 何よりも「夢」を持って欲しい!…そんな事を念ずる私はまだまだ青臭い?のかもしれない。
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 伊那から松本に車で行くときは善知烏(うとう)峠を越えていくことが多い。

 ある人から善知烏(うとう)峠の語源を尋ねられた。

 「うとう」とは洞穴、穴の意味で古代使われていたそうである。青森縣の善知烏神社、長崎縣の鵜戸神社の本体が洞穴であることがその根拠になっている。漢字は当て字ということだろう。実際、善知烏(うとう)峠には岡谷側の方にいくつか洞穴が散見される。
 
 そういえば、私の実家では空っぽの穴のことを「うとんぽ」と言っていたことを思いだした。方言かと思っていたが由緒正しい言葉だと知ってビックリである。

 この例でも感じることだが、地名は文化財である。行政の近視眼的な思い込みで安易に替えてしまうのは勿体ないというものだ。
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 出雲の国に神様が集まってしまって全国からいなくなる神無し月の意味だと思っていた。
 でも、これはどちらかというと俗説らしい。神を祭る月、神の月の格助詞「の」が「無(な)」になったというのが有力。

 英語では、ご存知october。八番目の月ということである。以前にも話したように昔の暦は2ヶ月ずれている。
 octopus「たこ(八本足)」、オクターブ「八度」などがある。
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 花札は鹿に紅葉。無視するのを「シカト」というが、この花札を見て欲しい。十月(と)に鹿が後ろを向いてシカトしていることから「シカト」という言葉が始まっているそうである。

 この意匠は、てっきり有名な「奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の 声聞く時ぞ秋は悲しき」(猿丸大夫?)から来ているかと思ったら、どうも違うらしい。

 「下紅葉かつ散る山の夕時雨 濡れてやひとり鹿の鳴くらむ」(藤原家隆)が元だということである。

 余計なことだが訳を載せる。:
木の下葉が紅葉し始め、かつ散り始めた寂しい山の夕方の時雨の中で、雄鹿が濡れながら妻を呼んでいるのだろうか。

 …う〜ん、寂しすぎるょ〜!
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 今朝の朝日新聞によると、蜃気楼の蜃は貝の大蛤のことだそうである。

 大蛤が吐き出す息によって蜃気楼が生じるという。う~ん、好きだなぁこういう説明。科学的な説明より夢がある。

 科学も一つの物語であることに間違いないのだから、胸にぐっときて納得できる説明が好ましい。先日のYゼミにおけるO氏の説明によるとアインシュタインの相対性理論も近似理論に過ぎないという。

 科学が実験科学である限り、理論が実験の精度と共に成長し以前のものが格下げ?になっていくのは、構造的な本質かもしれない。しかしガッカリはしない。とにかく成長は続けているのだから。
 
 
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 さすがの夏の暑さも弱まり、信州では朝露が目立つようになってきた。

 今年もあと四ヶ月であると誰かが言っていたが月日のたつのは早いものである。年賀状の準備でもするか…というのは冗談である。

 長月というネーミングは分かりよい。月を愛でる夜が長い、まさにそのままである。

 花札は「菊に 盃 ( さかずき ) 」。中国の陰陽道に詳しい天武天皇が9月9日に宮中で「観菊の宴(重陽の宴)」を催したのが意匠の元であるらしい。

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 陰陽道では奇数は陽、偶数は陰となっている(管理人の感覚とは逆であるが)。陽の数の中で9は最大値である。それを祝って陽の重なる9月9日が重陽の宴になる。

菊の香や奈良には古き仏たち  芭蕉【1644~1694】 

重陽の節句の日、奈良の都で詠まれた句。1ヶ月後に芭蕉は不帰の人となります。

 英語ではseptember。7番目、seventhの意味。番号が2個ずれているのは紀元前のローマ暦が3月起算 (そのため年末の2月は日数が少ない)だから。
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 英語でAUGUST。

 ネットを散策していたらローマの皇帝アウグスツス(Augustus)の戦勝を記念したのが語源であることを知った。
 日本では文月である。西洋ではかなりキナ臭い語源であるのに、我が国のそれは文化の香りがして、こちらの方が数段好ましい。

e0020386_21194562.gif 八月の花札は「月に 薄 ( すすき ) 。」
  山のない往時の武蔵野でススキの頭越しに月が出てくる様が目に浮かぶようである。

行く末は 空もひとつの武蔵野に 草の原より いづる月影 
<藤原良経>

 
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