カテゴリ:お薦め漫画( 6 )

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本の月刊誌「ダヴィンチ」が選ぶプラチナ本の年間ベストワンである。

 原爆、反戦を描いた漫画といえば、私の年代では、中沢啓治の「はだしのゲン」であろう。  

 しかし、私はこの漫画で原爆や、反戦について思いを馳せることは無かった。情報を伝える手段としての漫画としか思えなかった。それなら漫画でなくても良い。同様なことは反戦を訴える絵画や歌にも感じてしまう。

 現在は、「はだしのゲン」の頃の時代とは状況が違う。webで検索すれば情報はかなり手に入れることが出来る。

 作者のこうの史代さんは直接的な表現を可能な限り避けている。親戚に被爆体験者がいるわけでもない、普通の一般の社会人、しかも現在の人間にとって被爆とは何か、戦争とは何か、強い意志の元に抑制された表現でひたすら何ものかを描く。

 読み終わって、ひと言では要約出来ない胸の澱に気がつく。

 それを、大事に慌てず、考えていきたいと思う。

出版社:双葉社
作者:こうの史代
発売日:2004/10/12
定価:840円
判型:A5判
ISBN 4-575-29744-5
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 昨日の続きである。自律型のロボット、鉄腕アトムについて語ろう。

 アトムの成長と日本の高度成長が重なる。

 原子炉を内蔵してジェット噴射で飛び回るアトム。その当時なら良かったかもしれないが、現在(いま)ならそんな放射能をまき散らすロボットは環境破壊で訴えられるかもしれない。

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 圧倒的な力で悪と戦うアトムは幼い頃の私のヒーローであった。
 しかし、そのうち何か違和感が湧いてくる。

 それは、何か?

 アトムには《悪》の心が無いのである。それが、この物語を薄っぺらなものにしてしまう。その意味では偉大なる駄作と云ってもいいかもしれない。
   
 自律型のアトムが悪の心を持ち悩み、しかもそれを乗り越え成長して行く姿を見たいと思うのである。

 結局、私は気がつくのである。アトムが大好きなことに!
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 手塚治虫無くして漫画は語れない。

 少なくとも私にとっては、そうなのである。

 部屋の机の上にはアトムのフィギュアが置いてある(アキバ系ではありません)。鉄人28号も欲しい。
 見ているだけで少年時代に戻り、夢が広がる。タイムマシーンでも不死の生命でも無重力でも手に入れられるような気がしてくる。

 初めて漫画を読んだのは小学校5年生のときである。「少年」という月刊誌を読んでいた。その「少年」に横山光輝の「鉄人28号」と手塚治虫の「鉄腕アトム」が連載されていて、発売日が待ち遠しかったものである。

 どちらも、子供の気持ちをワクワクさせるのに十分なほど面白かった。いつ見ても画の技術は甲乙付けがたいほど巧みである。

 しかし、同じロボットでも本質的に異なった設定であることに、しばらくして気がついてきた。

 鉄人28号は操縦型、鉄腕アトムは自律型である。
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 すなわち前者は自分の意志を持つことなく、操縦者の意志の通り動く。悪人の手に渡れば悪の手先になり、善人の手に渡れば正しきものの味方になる。

 まさに、仏教に云うところの《無記》である。刃物は凶悪な人間が持てば凶器になり、医者が持てば人を助けるメスとなる、そのモノ自身に善悪は無いのである。

 多分、人間自身は《無記》なる存在であろう。善なる自己に操縦してもらいたいものである。そんなにムキ(無記)にならないで…という声も聞こえてきそうであるが。
    ----- 続く------
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「つげ義春」は青春の匂いがする。

 学生時代、安保世代から少し遅れてきた僕たちは、その余韻の残る大学の構内にいた。

 ジャズ喫茶の紫煙の中で、『ガロ』を読み耽ける。

 前述の白土三平と並び、一種、哲学的な読み方をされたのが、「つげ義春」であった。

 代表作《ねじ式》では、暗くて不安を抱かずにはいられない狂気の世界を描き、《紅い花》では、清新なエロスの世界を描き、《リアリズムの宿》・《李さん一家》では、そこはかとないユーモアを描く。

 心の闇の戸を叩ける、数少ない漫画家の一人ではないだろうか。
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 前日、白土三平の「カムイ伝」について書いたときムズムズしていたのだが、案の定、漫画について書きたくなってしまった。

 まず、岩明均の作品についてあれこれ。
 
 最初に読んだのは「寄生獣」である。
 宇宙人が人間に寄生する話で、一見、突拍子も無い話だと思いつつも読み進めると、いつのまにか物語の中にすっぽりハマっている自分を発見する。

 題材は奇異でも、人間の深層を捉えて離さない。グググッとえぐってくる感覚が秀逸である。

 次に読んだ本が「七夕の国である」。大昔、宇宙人と人間との交配が行われた、その子孫の物語である。e0020386_813621.jpg
 形式的には完結しているのだが、内容的には絶対に未完である(と私は信じる、続きを強く望む)。

 この本も「寄生獣」に劣らず、設定は奇想天外なものである。しかし、宇宙と人間との関係、神とは何かを追求している(が、惜しい所で無理矢理終わっているように見える)。

 人間の内面と宇宙とが共振していく様子が、暗示されている。

 この二作のように、架空の世界を描きながら、しっかりとリアリティーがある。こんな作品を他に知らない。

 次作を期待する。「七夕の国」続編が出ないかなぁ!
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小学館から白土三平「カムイ伝全集」が出る。

 欲しい、しかし高い。全38巻47880円である。

 学生の頃「ガロ」に連載されているのを読んだのが初めである。「つげ義春」も読んだことを思い出した。

 そうやって、漫画談義になるときりがないので「カムイ伝」に戻る。

 徳川時代の話である。非人部落に生まれたカムイが忍者になり、そこからも脱出して、抜け忍となり、差別と向き合っていく、という身分制度を扱った非常にヘビーな物語である。

 もちろん、いくつかのどんでん返し、さまざまな視点が提示されていく。

 劇画調のタッチは苦手であるが、ギリギリのところで踏みとどまり、独特の効果をあげている。

 社会派の作品が大嫌いな私でも惹き付けられていくのは、安易に善悪をきめつけることなく、事実を必然として受けとめる、その抑制された感覚が好ましいからである。

 第二部が現在も断続的にビックコミックに連載中であり、白土三平氏は第3部を構想中だという、死ぬまで描き続けて欲しいものだ。
 
 完結しない方が「カムイ伝」らしいかもしれない。

 とりあえず、書店で実物を手に取って、それから買うかどうか決めることにしよう。
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