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 長野県の学校のほとんどが全校、または学年単位のスキー教室を行う。

 しかし、最近は様変わりが激しい。
 そもそもスキー教室をしなくなった。理由は簡単である。スキー場が近くに出来て、家族で簡単に日帰り出来る。趣味も多様になった。長野県なら冬はスキーかスケートという時代でもない。スキー教室と銘打っても実際はスノボーの希望の方が多いくらいである。

 幸い?引率から外れたので寒い思いをしなくてもすむ。この年齢になると冬は温泉と熱燗が一番である。

 今振り返ると小学生の頃の元気が信じられない。まだ薄暗い朝5時に起き、田んぼのスケートリンクで滑ったものである。ほとんどが下駄スケートで、紐で結ぶ足が痛くて困ったのを覚えている。靴スケートになるのに2、3年かかった。

 スキーもスケートもお世辞にも上手ではない。多少たしなむという程度である。
 都会の友人に長野県人なら、さぞかし上手でしょうと誤解されるのが困る。

 どんな事にも向き不向きはあるのだろう。自然にやりたくなり、自然に出来るものをやっていきたいものである。
 
 ここまで書いてきて、あまりにも向上心がないようで、少し反省した?
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 高遠美術館で演奏会があった。

 桜で有名な高遠にある美術館である。環境が良くピアノやバイオリンの演奏会もよく行われる。

 今日はプロの演奏会ではなく。高遠高校の音楽コースの3年生がメインの卒業演奏会である。長野県下でも音楽コースは一つしか無い。なかなかユニークなコースである。

 コースの生徒は、中学までに多少なりとも音楽に触れてきたもの、全く素人で入学してくるもの、多種多様である。
 しかし、3年間のうちには、それなりに成長してくる。若者侮りがたしである。

 毎年そうであるが、もちろんプロのように完璧に演奏出来るわけではない。それなのに聴いた後は、とても爽やかで感動させられる。あやうく泣くところであった。

 最近、少し上手くなると手を抜きたがる演奏が多い。そんな音楽にうんざりしていたこともあり、真剣に一生懸命演奏する姿に心を打たれた。

 相手を馬鹿にして騙そうとしても結局は駄目だというのはライブドアで実証済みというべきか。最後は誠実さが結果を出すのであろう。
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e0020386_22121319.jpgご存知、みやさかオトーサンです。

 朝日賞を受賞されたとのこと、おめでとうございます。
 とても人ごととは思えず陰ながら表に立ってお喜び申し上げます。

 朝日賞を調べると意外や意外、大好きな漫画家と数学者がたくさん受賞しているんです。

 メンバーを見ると、凄い、ほんと凄いです。そのほんの一例です

  ●2002(平成14)年加藤和也/整数論の研究●2001(平成13)年宮崎駿●1999(平成11)年三輪哲二・神保道夫/可積分系の代数解析的研究●1996(平成8)年荒木不二洋/物理学と数学の境界領域の開拓●1987(昭和62)年手塚治虫:柏原正樹・河合隆裕/代数解析学の研究

 小沢さんの受賞の言葉が良い、こんな感じです。

 「私のようなモノがいただいちゃ〜申し訳ない…いや、いただきます、いただきますとも。せめて昨年頂いていたら競馬に全部つぎ込んだのに…、今は競馬止めちゃったんですよね…」

 やっぱり、みやさかオトーサンですね〜!
 あれ?ご存知ない!「小沢昭一的こころ」というラジオでやってますよ。
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天才数学者ラマヌジャンは32才で死んだ

 1920年に32才で亡くなったとき、彼の個人的ノートには数千の不可思議な結果が書き残されていて、証明らしきものはほとんどなかったという。

 証明が無い理由は、フェルマーのようにノートの余白が狭かったからでも、書き忘れたわけでもなく本当に分からなかったからであろう。

 ではなぜ、目を見張るような素晴らしい定理たちは見つかったのか?
 彼の言葉を借りると「ナマギーリ女神のお告げ」で発見されたのである。本人にも説明がつかないようであった。
 
 あぁ! 私も「神のお告げ」が欲しい!

 基礎的な数学教育も受けられないような環境であったが、幸いなことに良き理解者が現れる。

 英国県ブリッジ大学のハーディーである。最初は高等教育を教え込もうとしたが、直ぐにあきらめて、最も賢明な選択をする。

 ラマヌジャンには「神のお告げ」を聞いてもらい、自分はその証明に専念するというものである。

 こうしてラマヌジャンの数学は日の目を見た。

 前日のモーツアルトといい、ラマヌジャンといい論理や言葉とは別な《思考》が存在するのかもしれない。
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 今年で生誕250年になる。

 姪がオーストリアにいて、生誕250年の記念音楽祭でピアノを弾くらしい。
 小さいときから才能にも恵まれ努力も人一倍してきている。
 現在も研鑽を積んでいる頑張りやの素敵な女性である。

 皆で聴きに行こうという話も出ているが、お金と時間が不足気味で、現在思案中である。
 でも、本場でモーツアルトを聴けたらどんなに素敵だろうか!行きたいな~!

 モーツアルトは天才である。彼は音楽を作るのではなく神の音楽をキャッチするアンテナを持っているのだという話を聞いた。

 そういう天才をどこかで知っている気がする。
 そう!数学のラマヌジャンである。

インドというと何か不思議な魔術的な雰囲気を感じてしまうのだが、インド人マヌジャンも期待を裏切らないとびっきりの不思議人間である。

 →明日に続く
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 ライブドアの堀江氏が逮捕された。

 テレビが時間枠を取っ払って特別番組を流している。

 これだけセンセーショナルな逮捕劇は、田中首相のロッキード事件以来である。
 昨日までの時代の寵児が一転して拘置所の人になってしまった。

 世間が暗く重くなると、バランスをとるために若者は明るく、軽くなっていくという。そうだろうと思う、それが自然の防御反応というものである。

 この逮捕劇のゴールが何処にあるか皆目見当がつかない。

 しかし、彼が時代の寵児になったのも、一転して拘置所の人になったのも必然的な理由があるのだと思う。

 どんなモノでも、どんな事でも理由の無いものは存在しないし、理由の無い事は起きない。そして、それは善悪とは全く別物であろう。
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 モノを作れば何かが残る。

 もちろんモノ作りには、いわゆる形のあるモノばかりでなく精神的な形の無いものもある。

 今話題になっている、ライブドアの話しを聞いていて虚しさが残った。

 違法性云々はともかく、そこにモノ作りが感じられないからである。他のIT産業の人が、あれはIT産業ではないと主張していた。

 IT産業でもそれなりの、知的財産も含めてモノ作りをしているというのである。

 ライブドアに代表される虚しさは、そこに単なる流れ、情報操作だけがあるからかもしれない。

 人ごとではなく、ささやかでもモノを作り残したいものである。
 
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久しぶりに落ち着いて見る事ができた 

 公式サイトより------>
主人公はNYで暮らす16歳の少年。偶然か運命の導きか、彼が見つけたのは40年前、ピューリッツアー賞に輝いた処女作一冊だけを残して文壇から消えた幻の大作家。少年に文学の才能を見出した大作家は彼の導き手になると同時に、自らも心閉ざしてきた人生にピリオドを打ち、忘れかけていた夢を実現すべくもう一度外の世界へ踏み出して行く。社会に背を向けたまま人生の黄昏を迎えようとしている偏屈な老作家と、人生の出発点で試練を経験する作家志望の少年とのユニークな出会い、そしてやがて師弟の関係を超えた友情で結ばれたふたりが互いに相手から教わりながら成長していく姿──少年は作家から文学と人生を学び、老人は彼によってにもう一度ペンを取り、世界と向き合う力を与えられる──を、晩春から初夏のニューヨークを舞台に、アメリカ現代文学とマイルス・ディビス満載のジャズへのオマージュを散りばめながら描いた上質の作品である。
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 才能というものの爽やかさと格好良さがストレートに描かれる。私の世代にはションコネリーが懐かしい。
 「007ゴールドフィンガー」の諜報部員のイメージが強い彼だが、渋い大作家役が凄くきまっていて惚れ惚れとしました。年をとっても素敵なものは素敵である。
 手慣れたストーリーかもしれないが、無理の無い設定で脇役も出過ぎず回りの状況も破綻無く描かれる。
 派手な恋愛もラブシーンもないが「才能」と「夢」を見たい人にはうってつけの映画である。
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e0020386_2046755.jpg今年は外れでした。

 今までの最高記録は4等(平成5年当時は5等まであった)の「ふるさと切手アルバム」である。
 4等の切手シートも年によって10枚近く当たるときもあり、今年のように1、2枚というときもある。
 270枚来ているので単純計算では5枚から6枚当たっても良いのだが。

 ところで皆さんお気付きになりました?
 今年の4等は下二桁が二組しか当たりが無いんですよ。
 いつもは三組あるのに…チッツ(舌打ちの音)!

 まあ、年頭から幸運を使いすぎずにツキを貯金したと思って、これからに期待しましよう!
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e0020386_0155328.jpg宇宙はひもでできている。

 物質の最小の構成単位は粒子ではなく「ひも」である。最初この話しを聞いたときには少しショックであった。

 その「ひも」は理論上の都合で仮定したモデルではなく、実在のものであるというではないか。

 そして、これ以上分割出来ない最小の長さ、最短の時間が存在するらしい。ならば最小の長さの「ひも」が基本構成単位でもおかしくはない。

 超ひも理論がモテはやされた時期も、そうでないときもあった。現在第二の波が来ていて、そこでは私にはよく分からない「Dブレーン」とか「M理論」などというものが活躍しているようである。

 極微の世界を知るには、エネルギーや温度がとてつもなく高い状態が必要であるという。それはまさに宇宙の歴史をさかのぼり誕生の頃を調べる事に対応する。

 極小と極大がつながる。

 そんな事を考えていたら、胎児の発生、成長が生物の進化の歴史を繰り返すという話しを思い出した。

 全体の情報は局所に存在するのかもしれない。全体は部分に含まれるのである。

書名:「はじめての〈超ひも理論〉」
川合 光著
税込価格 : \840 (本体 : \800)
出版 : 講談社
サイズ : 新書 / 273p
ISBN : 4-06-149813-4
発行年2005.12
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