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椿

 両親のご機嫌伺いに岡谷の実家へ行く。身体(からだ)のあちこちが故障がちであるが、寝込むことも無く二人で何とか暮らしている両親に感謝である。母に恒例のマッサージをして、手に残る感触を愛おしんでいるとき、ふと庭を見ると椿が満開である。毎年椿を観ているがこれほど咲き誇っているのは初めてである。  
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 薔薇とチューリップくらいしか分からない花音痴のせいか、どうも植物のリズムは謎である。

 気がつくと山にも雪が少なくなり、緑も増えてきた。薫風香る爽やかな季節の到来である。
 
 9連休の私としてはこの休みを有効に使いたいと思っているが、長期休業というと子供のときから遊び呆けてしまうのが常である。
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by coolkai | 2006-04-30 23:08 | 家族
 昨年生まれた赤ひれ(メダカくらいの大きさの魚)が見事冬を越して元気である。

 最近はビオトープというものが注目されている。これは、色々な種類の生物たちが生きられる環境の場所というものらしい。

 具体的には池があり流れる水がありトンボや魚や鳥などがいるものなどがその一つの例である。

 せっかく生き残った赤ひれを、そんな環境で育てられたら楽しいだろうなと思い立ち、調べ始めたのだけれど、なかなか大変そうで現在計画段階で二の足を踏んでいる状況である。

 水草を探すが、園芸店や熱帯魚のお店で相談しても簡単には手に入らない。今までは田舎の川や沼にあった平凡な金魚草なども絶滅危惧種に近いと言われてしまった。U字溝などは川の生態を随分と変えているようである。

 遡って山が昔と違うらしい。山をキチンと育てなければ川も育たず全てのバランスが狂ってくる。まぁ人間が随分とオカシイのも、むべなるかなである。

「花粉川柳コレクション」の最優秀賞は、橋本たけしさん(大阪府)の「杉の子の歌で育って花粉症」。戦後、山の木を伐採した後に杉の木を大量に植樹した。そのお陰で、花粉が大量に飛び日本中ハックションである。

自分という自然でさえ思うに任せないのに、そう簡単に自然をコントロールできると考えない方がいい。自然に対する畏敬の念もそれなりに理由があるのだと思う。
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女性の科学者に与えられる第26回猿橋賞を受賞したのは、森郁恵さん48才である。

 体長わずか1ミリの線虫を相手に20年以上研究を続けてきた。素人目には実際の社会で何の役に立つか分からない。だからこそ夢を持って研究できるのかもしれない。直ぐ役に立つものに限ってろくなものは無い、ということはしばしば経験することである。

  「他人と同じテーマは嫌だった」と語る。だいぶスケールは小さくて比較するのも恥ずかしいようなものだが、私も数学のテーマを探すときは同じ気持ちになる。ただし他人に先を越されるのが嫌という気の小さい理由であるが、森さんの場合は勿論手あかのついた分野ではなく、新天地を開拓したいという気概からであろう。

 「研究成果を得られた時の麻薬のような感激を体験してほしい」。う〜ん分かります。麻薬のような…そうそう、そうなんです。これはレベルの問題ではなく新しい世界を垣間見た者全員に与えられるご褒美のようなものであろう。

 3月に逆戻りしたような寒さの中で、元気をもらったニュースです。
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 日本書記には次のようにある。中大兄皇子が初めて漏刻(水時計)を用いて時を計ったのは671年の旧暦4月25日(今日)である。

 それまでは、朝日とともに起きて、日が沈めば寝るという生活だったに違いない。
 それが、漏刻(水時計)を用いて公的な共通な時間を告げ始めたということは、養老孟司さん流にいえば、時間の脳化が始まったということであろう。

 予定を組み、先々の未来をスケジュール化していくことは既に未来ではなく現在になってしまう。

 ある意味で、未来を失い始めた記念日でもある。そこでは予定通り物事が進んで行くのが何よりも良いことになる。それに閉塞感を感じ、生きていることの楽しさが失われていくのも事実である。

 そう思うと、想定外なことが起きることはマイナスばかりではないだろう。

 そのとき、まさに未来に生きているともいえるのである。
 最近、想定外のことがしばしば起きてしまうのだが、ボケが原因だと思わず未来を楽しんでいるのだと思うようにしている。
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 頭をよく使うと脳細胞が死なないという事実があるそうである。いや、ホント知らなかったなぁ!(それが本当なら自分の脳細胞が心配である)

 前から、老化や細胞死はうさん臭いと思っていた。老化や死が生きることの余事象(生きることの否定で定義されている)には思えないのである。

 つまり、積極的な何かの理由があって老化、死のシステムが発現するはずである。

 それは、違う理由さえあれば老化も死も防げるということにつながる。

 そこのあたりの仕組みを東京大の二人の科学者が解明した。脳細胞が死ぬのを食い止めたり、神経の再生が可能になるかもしれないという。21日発行の米科学誌「セル」で発表する。

 不死への挑戦にも興味があるが、それよりも生物が老化、死に向かわなければならない積極的な理由(きっとあるはず)というものが何なのか知りたいものである。
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e0020386_18324535.jpg 昨日4月22日(土)は恒例のアルプス公園のお花見である。

 毎年、このお花見を楽しみにしている。ご覧のとおり北アルプスを借景として桜が周囲を包み込み、知らず知らずのうちに非日常の世界に誘い込まれる。

  今年は予想と違い五分咲きであった。若々しい桜の花見となった。
 ふと、「年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず」が浮かんでくる。歳を重ねるのに比例して、ますますこの一瞬の喜びが大きくなる。

 人生の師匠S氏が珍しいワインを持参してくれた。数学を愛好している私たちに合わせて「Mathematica」というワインである。
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 これを飲めば数学ができるようになる、と勝手に仮説を立てて味見をさせていただいた。
 美味しい!これなら数学もできるようになるかもしれない…。

 風が冷たくなった頃、街に下りる。あいにく、最初に行こうとしたお店が開いていなかったので、少し歩いて「B’」というお店に到着。久しぶりのお店だが、師匠の手品のおかげで(どこのお店でも人気が高く、来店するたびに大歓迎される)すぐ打ち解けた雰囲気で飲み始める。
 
 ほろ酔いで店を出て、桜の余韻を楽しみながらS氏と帰路についた。 
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 中国の故事では、次のような話しであったような、そうでないような?

 一番先に蛇の絵を描いたものに美酒を与えることになっていた、真っ先に絵を描いたものが余裕のあまり時間を持て余して足を付け加えてしまった。その間に別な人物が絵を完成して、足が付いているものなど蛇ではないということになって、最初の人が美酒を飲み損なったという話しである。余計なことをする必要はないという喩えで使われる。

 ところが本当に足のある化石が見つかったというニュースが飛び込んできた。
 パタゴニア地方(何処?)の9300万年前の白亜紀後期の地層から、後ろ足のあるヘビ化石を見つかったと20日付の英科学誌ネイチャーに載っている。

 もっとも、足のある蛇自体はそんなに珍しくないようで、後ろ足のあるヘビ化石はこれまで3種知られている。問題はその当時海だったのか陸だったのかという点にある。

 今回の蛇は、かつて陸地だった場所から発見されたことで、ヘビはトカゲ類が穴の中をはい回るうちに不要な足を失った、という陸上起源説が有力になったようであるが、世の中には舌が二枚ある輩や、腹に一物ある輩がウジャウジャいることにお気をつけください。

 おっと、これが本当の蛇足かな…?
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 躁鬱病の原因がミトコンドリアにあるかも?

 そもそも躁鬱病と鬱病は全く別の病気だそうである。知らなかった。躁鬱病の一部が鬱病であると思っていました。

 躁鬱病の発症には神経伝達物質の関与などさまざまな仮説があるが、詳しい仕組みは分かっていない。マウスで実験が行われた。脳の神経細胞のミトコンドリアが機能障害を起こすと躁鬱病患者と同じような不眠症マウスが現れることが確認されたようである。

 ミトコンドリアは人間の全ての細胞に含まれている小器官で、その遺伝子は普通のDNAとは違う文法で書かれている。普通のDNAが現代文ならミトコンドリアの遺伝子は古文で書かれている。

 従って、古〜い時代に細胞に寄生した生物がそのまま共棲しているという想像が説得力を持つ。

 母親から娘に遺伝していくので、女性のつながりを調べることによって判明した人類の祖先はアフリカにいたという「ミトコンドリア・イブ」の話しは有名である。これに対応した男性のY染色体を追跡した「Y染色体・アダム」はやはりアフリカに行き着くらしい。男と女がいなければ子供ができないことを考えれば、ある意味当たり前?の結論である。
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映画の話しの前に高遠桜の実況中継です。町の中は八分咲き。メインの高遠城趾(町内より高台にある)は六分咲きくらいです。写真は町内です。

 さてさて、始まりはじまり、時は19世紀、所は花の都パリ。連日華やかなショーが繰り広げられるオペラ座で、怪人ファントムによる事件が起きる。若く美しいクリスティーヌは、父の死後、謎の指導者「音楽の天使」(実は怪人ファントム)からレッスンを受け、やがてオペラ座のプリマを演じるまでになる。    
 クリスティーヌの幼なじみ、ラウルは、彼女の魅力に惹かれ愛を成就しようとする。 ところが「音楽の天使」ファントムはクリスティーヌをオペラ座の地下にある暗黒世界へ導き、自分と共に生きるよう願い出てラウルにも負けない愛を語る。しかし、クリスティーヌがファントムの真実の姿を知ったことから、運命は…。

 筋書きは紙芝居的な単純なものであるようだが、私には考えさせられることが多い映画であった。

 人間の意識と無意識のせめぎ合いが描かれているように思える。美女クリスティーヌ、善玉の子爵ラウル、悪玉の怪人ファントムがそれぞれ人間、意識、無意識に対応しているのではないか。

 何よりも美女クリスティーヌが怪人ファントムの理不尽(理由は説明できない、なにしろ無意識の世界である)な魅力に抗しきれずに恍惚(失神する程である)としてしまうのが非常に頷ける。
 それに反して善玉ラウルのときにはそれほどの(失神するほどの)恍惚感は得られない。ラウルが表舞台に住み、怪人ファントムは地下の暗闇に住む。まさに意識と無意識そのものの図式である。

 最後、老人となったラウルが愛妻クリスティーヌの墓を見舞う。そこには怪人ファントムの徴(しるし)の一輪のバラが落ちていた。

 人間は無意識の暗闇を追い払ったつもりでも実は一生無意識と離れられないと主張しているようであった。また悪玉の怪人ファントムが「音楽の天使」と呼ばれ二義性を持っていることも暗示的である。85点
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 2019年、近未来の物語。

 リンカーンは大気汚染から救いだされ、完璧に管理された味気ない都市空間のコミュニティで暮らしている。ここで暮らす人々の夢は、地上最高の楽園「アイランド」へ行くこと、ときどき行われる抽選会が彼らの最大の関心事だ。

 遺伝子操作による生命科学の進歩は想像を超える早さで神の領域に近づいているように見える。

 科学の進歩が必ずしも人類の幸福を意味しないことは歴史が証明している。人類は原子の火というプロメテウスの火を手に入れた。その後、人類は核爆弾を作り使用してしまった。

 そのことを考えると遺伝子操作という創造主の真似事が再び人類を破滅に追い込まない保証は無い。

 この映画は科学の危険性、いや科学を使う人間の危険性を描き出している。

★★★☆☆
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