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 1994年の今日、松本で猛毒ガスによる殺人事件があった。

 しばらくしてそれがサリンという自然界には存在しない猛毒ガスであることが判明した。地下鉄サリン事件の兆しである。

 当時Kさんという人が疑われてしまい、私はその子供さんが通っているF高校に勤務をしていた。マスコミの嵐が色々な所に吹き荒れて落ち着かない毎日を過したことを思い出す。

 その日は今日と同じような蒸し暑い天気であった。

 被害にあった上に、えん罪に巻き込まれそうになったKさんの言動には抑制された怒りと、鋭い洞察があり、いつも教えられることが多い。

 事件の全貌が明らかになる前に事件が終焉を迎えそうである。どんな罪になるのか、という観点も大事であろうが、一体どんな事件で何故防げなかったのか、等などを考えると、重苦しい気持ちになるのは私だけではないだろう。
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 バドミントンの大会があった。
 高校生の大会は主なもので3つある。一つは5月に行われる総体、二つ目は昨日、今日行われた国体、三つ目は11月の新人戦である。

 特に今日の国体戦は3年生の最後の大会になる。昨日はYゼミで楽しい集まりを遅くまでしていたので、今朝の6時起きは少しきつかったけれど、シャトルを持って上諏訪の会場に向かった。

 ほとんどの3年生がベスト16まで勝ち上がったので、それぞれ満足はあったと思うのだが、ワールドカップの中田ではないが、全力を尽くして負けて、悔しさと満足感と疲労で座り込み、起き上がれない生徒を見ていると、何ともいえない感動に近い気持ちが湧いてくる。

 ひとこと、3年間お疲れさまでした。
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by coolkai | 2006-06-25 19:49 | 学校
 一年で一番昼の長い日。南半球では勿論一番夜の長い日である。

 冬至の時はかぼちゃを食べたり、柚子湯に入ったりするのに何だか世間様の扱いが軽いような気がして可哀相である。

 この時期は農作業で忙しく、楽しいことも先々あるような気がして特に盛り上げるに及ばないのであろう。

 梅雨が明けたのかどうかはっきりしないのだが、暑くなってきているのは確かである。今年は仕事の分担で外部の方々とお会いする機会が多いので、やむを得ずネクタイをしているのだが、Tシャツ、ハーフパンツで授業をする誘惑に駆られてしかたがない。

   夏至今日と思ひつつ書を閉ぢにけり《高浜虚子》
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 今日、二年生の数学IIの授業で円を教えた。

 いつものことだが「円ってな〜に?」と始める。一部の生徒は何?という顔をし、一部の生徒は「まる」と答える。

 そこで、「まるって何」と追い打ちをかけると「わかんない」である。

 円の定義に誘導しようと花火の話しを持ち出す。花火にはどうして三角形の花火はないのか問う。

 こんな感じで殆ど自分の趣味のような授業である。きっと訳の分からないことを聞く先生だと思っていることだろう。

 若い人達に教えることは楽しい、奇妙な質問に戸惑い考え込んでいる姿を見ると申し訳ないが、つい微笑んでしまう。

 どんなレベルでも分かるということは気持ちのいいことであり、生きていく力になるのだと信じている。
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 以前はカラオケでよく歌った。

 今は転勤して飯田の方にいるNさんという素敵な歌姫(オジさんにはリズム感が無いという鋭い指摘をする厳しいお嬢さん)に歌唱指導され、その上どんな歌でも瞬時にハモってくれる才媛Uさんがいたので多少の下手さはカバーできて管理人のお気に入りであった。

 今日は坂本九さんの「上を向いて歩こう」が「スキヤキ」というタイトルでビルボード全米No.1(1963)になった日である。これは快挙である。何しろアメリカ人以外の1位は歴史上現在までで5曲しか無い。

 ヒットした理由は色々あるだろうが一説に坂本九の日本的な素養に言及したものがあった。歌い方は独特で「♪ふえほむふひて あはるこおほほ」と聞こえる。あれは邦楽の歌い方で、新内、常磐津、端唄、これが全部彼のロカビリーの中に入っているという。

 そういえば大好きな小椋圭さんも薩摩琵琶の名取りの出自であった。

 やはり伝統にはそれなりの理由と力があるような気がする。昔咸臨丸でアメリカに行った勝海舟や福沢諭吉はチョンマゲに羽織袴で日本刀を差し草蛙であったろう。

 しかしその立ち居振る舞いや所作は堂々としていて尊敬に値する態度であった。断髪して革靴を履き洋服に身を包んでもこのような感動を与えることはできない。

 日本古来の長唄、琵琶など伝統文化というののは時代の篩に耐えて残ってきたものである。そこには全ての時代や場所に共通する普遍的なものがある。それが日本という局地的な範囲でなくアメリカなどのグローバルな世界で評価されるのはある意味当然なのかもしれない。
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 12日(月)サッカーW杯の初戦をみた。

 一点リードしたときには勝てるかな?と思ったのだが結局後半あっという間に3点とられてしまい、終わってみれば1—3である。

 どこかで野村監督が言っていた言葉を思い出す。「勝ちに不思議な勝ちあり。負けに不思議な負けなし」。負けたからには何処かに理由があるのだろう。もちろんそれが分かる程サッカーに詳しいわけではないが。

 それでも負け試合を見た後は誰が悪いわけでもないのだが何となく元気が出ない。勝手なものである。選手や関係者は必死に頑張っているのが分かっているのに勝手に不愉快になる自分が情けない。

 こうなれば不思議な勝ちでも何でもいいからクロアチアに勝って欲しい。歓喜で揺れるスタジオのサムライブルーを見たいものだ。

 
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 色々な方から問い合わせをいただきましたので「あーちゃんのベーグル屋さん」の連絡先のURLを載せておきます。その中でLINKされているブログへいくとベーグルのことがいろいろ分かりますよ。

 はじめてベーグルのことを聞いたときは犬?それはビーグル犬です…というギャグそのままの知識しかありませんでしたが、今では美味しいパンだということも吠えたりしないことも分かってますよ。

あーちゃんのベーグル屋さん
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 あーちゃんは私の姪である。

 もともと料理には鋭い感性をもっていたが、東京での修行を生かして実家でベーグルを作り始めた。これが美味い!噂がうわさを呼び最近では注文に追われる毎日である。
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 美味しさの秘密はいくつもある。身体にいい材料だけを使っているのはもちろん、インドのサイババに会いにいくほどのあーちゃんだから、生地を捏ねる手のひらから出る気のはたらきも十分意識している。
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 優しくて可愛いあーちゃん(と書けと脅されたわけでは決してありません)が一つ一つ手作りしているベーグルがリピーターを増やしているのも頷ける。

 基本的に通信販売ですので、もし興味を持たれた方がいらっしゃいましたら管理人までご連絡ください。詳しい情報をお教えいたします。
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  昨日6/10は時の記念日であった。

 時の記念日は1920(大正9)年に制定されというから80年以上前の話である。
 当時の日本人に欧米人なみに時間を尊重する意識を持ってもらうことを目的とし、生活改善同盟会(今だと、ケッコウ余計なお世話的な会に思えてしまう)がこの日を考えたらしいが、欧米人並みの時間の意識を持ったことが良かったかどうかは異論のあるところであろう。

 もともとは「日本書紀」の天智天皇の記述の所で水時計の作られたが6月10日であったことに由来している。
 ときの語源は色々な説があるようだが、国語学者大野晋さんの「とける」説は興味深い。ものがゆるみ、ほどけることから がでてきたというのである。

 物理学ではエントロピーの増大する方向を時の方向と決めている。簡単に言ってしまうとモノが壊れたり腐ったりしてバラバラになり最終的には温度差のない均質なものに変化していく過程のことである。

 大野晋さんの説と何処か共通点を感じてしまう。昔の人は時の本質を生活改善同盟会よりは知っていたのだろう。
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 高等学校には芸術鑑賞の行事がある。クラシック音楽、演劇、歌舞伎、ダンス等々、それこそおよそ芸術と名のつくものはすべてその対象になる。

 今年は落語と曲ゴマと講談であった。特に講談は人間国宝の一龍斎貞水さんによる立体怪談「累」である。

 落語の演目は「まんじゅう怖い」である。声の大小、息つぎ、間が流石にプロの技である。強調したい時には急いで大きな声で話すのではなく、少し間を空け、小声にしていたのは参考になった。この技を盗ませてもらおう。

 講談は怖かった。生徒がキャーキャー騒ぐ。立体と名付けられているだけに実際に幽霊が出て来たり、人魂、行灯、雷の音や光が効果的ではあったが、少し欲を言えば話しだけの講談を聞きたいと思った。
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by coolkai | 2006-06-09 21:46 | 学校