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 最近NHKのTVでインドの発展について特集番組を組んでいる。これが中々面白い。

 アメリカなどのIT企業で働くインド人の活躍は良く知られている。一日16時間勉強する高校生とか、19かける19までの九九を憶えているとか興味深い事実が語られていた。
 日本のかけ算といえば、誰もが習うのは九九である。しかし世界的に見ると、必ずしも一ケタの九九が主流というわけではない。例えば、アメリカやイギリスは12×12まで。ドイツは20×10まで。そして、インドではところによって99×99まで習うらしい。

 九九を使った表現が色々なところで見られる。一種の洒落であろう。
 十五夜の満月を三五の月と表現したり、四六時中といって24時間=一日を意味したりする。
 
 僕の大好きな落語では、江戸時代の話で、ニ八そばというのがある。そばの値段が 16 文だったことを洒落ているのである。

 ところが最近行ったラーメン屋の名前が「二八」であった。二八は蕎麦屋の名前でラーメン屋には合わないと思ったのだが、味の方は素敵に美味であった。

 ネーミングのセンスと味のセンスは別ということか。

 
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by coolkai | 2007-01-31 23:42
 1/27(土)、少し遅くなったが恒例のYゼミ新年会が行われた。

 M下さんやT内さんの話を聞いた後街に出る。大学の中と違い外はかなり冷え込んでいて甲府からきているS澤さんはビックリしていたようで暖かい甲府が羨ましい。
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 会場はホテルブエナビスタの近くの「治作」である。T内さんに予約していただいたお店で以前に来たことがある。

 とにかく刺身が新鮮で美味しかった記憶が蘇る。この日の料理も新鮮でグルメのY田先生も満足したようであった。少し食べかけて慌てて撮った写真であるが、このエビなどは頭をちぎった後でもピクピク動いていて、その鮮度が分かる。

 数術師S澤さんの手品を楽しみ満足した頃二次会に向かう。
 残念なことにS澤さんは先に愛妻の元へ帰られ、Y田先生も一次会で帰宅された。
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 残ったT内さん、M下さん、M坂の三人が駅前を漂うことになる。

 T内さんの特殊能力で発見したお店に入り、一人2000円で飲む交渉を粘り強くおこなう、これも楽しみの一つ。

 ほろ酔い気分で語り合う、この仲間たちとの素晴らしい時間に乾杯である。
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 藤沢周平さんの原作を山田洋次監督がメガホンをとった。

 「たそがれ清兵衛」のときもそうであったが、普通なら何も目立つこと無く一生を終えていくだろう市井の人が主人公である。

 主人公はたまたま起きた事件をきっかけに世の中の流れの先頭に押し出されていく。そこで初めて誇り高い凛とした人間性と実力を発揮させる。それもやむを得ず、図らずもという形で。

 これが堪らなく心地よく爽やかな感動を与えてくれる。

 感動の所以は、どこにあるのだろう。

 実力とは関係なくアピールをしなくては取り残され、いざとなると中々凛とした行動がとれない世の中の風潮にあるのだろう(他人事ではない・・・かも)。

 目立たなくても自己主張しなくても、凛とした志の高い人はいつの時代でもどこの場所にも存在している。色々な人と知り合う楽しみはそこにもあるというものだ。

 時代背景なども丁寧に描写されていてジックリと楽しめる映画になっている。

 
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 e0020386_2181374.jpg 1/21(日)の午後、今年もこの発表会がやってきました。

私の勤める高遠高校には芸術コースというものがある。音楽、書道、美術の専攻があって、この時期に3年生の卒業発表がある。
 本人の努力はもちろんのこと、指導される先生方の奮闘も並々ならぬものがある。たとえ、稚拙でも若者の清冽な感覚や、一生懸命さが心を打つ。

 特に音楽コースの発表のエンディンング近くになると卒業生も涙声になり、涙もろくなった私を感激が襲って、危ういことになってしまう。
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by coolkai | 2007-01-23 21:08 | 学校
 今年も年賀状の遅配が問題になっている。この時期の配達はアルバイトを使っているというのも理由の一つかもしれない。

 年賀状の配達という仕事に限らず基本的な心のありよう、習慣、技術のようなものが危うくなっているような気がする。

 原因は何処にあるのかハッキリはしないが、「美しい国」とか、「教育改革」のようなもので解決しない事は想像に難くない。

 「教育改革」をするたび事態は悪くなっているのが実態である。

 年賀状といえば知人のところで一等が当たったそうである。羨ましい!我が家は三等が8枚であった。

  メールという手もあるが、やはり年賀状にはそれなりの味わいがある。

  《正月の四日になりて/あの人の/年に一度の葉書も来にけり》石川啄木
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 難しい話ではない。私が授業で2年生に教えている科目名である。

 ご存じないかもしれないが、この科目は英語や数学と同様に必修である。例の未履修問題のときにも「世界史」以外に「情報」を履修していない学校が問題になった。

 実は「情報」を教える事になって、現在四苦八苦しているのであるが、教科書を見て気づく事がある。
 最近の教科書なのに、もう古いと感じるのである。ディスプレイもブラウン管よりも液晶が主流になり、CDよりDVD等々である。

 それだけこの分野の進化が早く激しいのであろう。もっとも予想を裏切ってきているのが携帯電話の変化である。携帯でインターネットを使うのは当たり前になってきている。テレビ電話のような使い方も出来る。

 我が家にも某NTTという会社から光ケーブルのネット契約のお誘いが頻繁にある。そのうち最新の映画をインターネットでオンラインで見る時代になるのだろうが、慌てず様子見で行こうと思っている。 
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 視線の行き先を察知してキーボード入力の代替をさせる。

 1/15(月)の朝刊「ひと」欄の新井さんの研究である。工業高校を出て大学は夜学へ。電電公社に就職して貯金したお金で大学院を出た。

 佐賀大学の教授となり、見つめるだけで入力できるシステムを完成した。

 学問はそれだけで独立したものだと思う。仏教で言うところの、いわゆる「無記」である。学問自身に悪も善も無い。刃物が使う人により命を助けるメスになったり、人を殺す凶器になったりする。

 それだけに、新井さんの研究のように貧しいもの、障害のあるものが情報差別を受けないように考えられた発明だという話を聞くと胸の中に灯がともったような温かい気持ちになる。

 システムは無料、必要なカメラは3000円くらいと安価なことにも優しい気持ちを感じる。勝ち組となって金持ちにはなれないのかもしれないが、それには替えられない幸せを手にするに違いない。
 
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 私の実家はお菓子屋である。
私が高校生のころ店を畳んだ。グリコの看板や不二家のペコちゃんの大きい人形があった。
 
 ペコちゃんは女の子、ポコちゃんは男の子である。ペコちゃんのいわれは会津地方の牛にあるらしい。この地方では牛の事をベコといい、首を振る牛の人形のお土産も有名である。

 不二家の不祥事がニュースになっている。雪印の二の舞にならないように隠蔽したとのことであるが、二の舞を避けるのなら一秒でも早く調査、公表をすべきであった。人間性や善悪の問題というよりも事態の把握能力に疑問を感じてしまう。

 狂牛問題ではないが身近な食品でも油断はならない。おそらく現場の人々は真面目に一生懸命働いて会社のために頑張っているのだろう。
 
 局地的には真っすぐに見えても長い距離、線を延長していくと全体では大きく曲がってしまって取り返しがつかなくなっているかもしれない。そのくらいなら局地的には多少いい加減でも全体ではおおよそ真っすぐなバランス感覚を持ちたいものである。

 
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 大雪の後、寒波襲来である。

 明日の最低気温−10度などと天気予報で知る。例年このくらいにはなっているはずなのだが、毎年そのたびに寒いさむいと背中を丸めて驚くのが我ながら可笑しい。

 宇宙の始まりはとりあえず書いた。その後はニュートン力学(大抵これで間に合う)、光速に近い場合はアインシュタインの相対性理論、重力が大きい、またはミクロの世界は量子力学に登場してもらえばおおよそ理解できるところは理解できそうである(トートロジーでめちゃくちゃな表現だがお許しを)。

 しかし、電気は電子と陽子のように単独で存在できるのに、磁気に関してはN極だけの物は単独では見つかっていない・・・など、勿論分からない事は山ほどある。

原因は、物理の未発達の部分と自分自身の「おバカさんの壁」のせいであるのだが。

 そこで、気分的に「宇宙を考える」はこれで一段落として、相対論にチャレンジしてみたい(ご勝手にという声にめげず頑張りたいと思います)。
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 暖冬である。

 結局、昨年は一度も雪は降らなかった。タイヤをスタッドレスに換えて準備をしていたが役に立つこともなく、暖冬に感謝していた。

 交通機関の遅延や事故も少ない。なにより雪かきをしなくて済むのがありがたい。困るのはスキー場くらいかもしれない。

 ところがやはり寒波は訪れる。昨日から岡谷の実家で老いた両親の代りに雪かき、帰宅して伊那で雪かき、今日は朝から2回雪かきをした。

 街に買い物に行くのも億劫である。幸いな事に夜から雪は止みそうである。
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 夕方になった。センサーの付いている外灯が点滅し始めて止まらない。今までになかった現象である。コードを確認したりセンサーの雪を払ったりしたが直らない。センサーの前で手を振ると点滅が止まる。
 ハッと気がついた、この大雪で外灯がすっぽり埋まる。暗くなると点灯して、その熱で筒状に雪が溶けていき、真っ白な壁がセンサーの前に出来る。点灯するとその光が雪の壁に反射して輝きセンサーがそれを拾う。すると明るいので消灯する。消灯すれば当然暗くなる。暗くなればセンサーが反応して点灯する。この繰り返しではないか?

 センサーの周囲の雪を払いのけると点滅が止まった。どうやら予想が当たったようである。

 考えてみると冬は寒くて、雪が降るのが普通である。山に雪がなければ貯水が出来ない。
 何事も普通が良いのかもしれない。人間に、自分に都合のいい事ばかり考えていると、いつかしっぺ返しがくるのではないのだろうか。
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